大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和42年(行ウ)2号 判決 1974年10月22日

原告 平野研吾

被告 住吉税務署長 外一名

代理人 陶山博生 外四名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実<省略>

理由

一  請求原因1の事実(本件処分および裁決の存在)は当事者間に争いがない。

二  原告の昭和三九年分総所得金額について

1  収入金額

原告が株式会社猪坂鉄工所の専属的下請として昭和三九年中に金一、一二九、五六三円の収入を得たことは、原告が明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

2  必要経費

(一)  測定器具費、消耗工具費

原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和三二年頃から株式会社猪坂鉄工所に雇われ、バルブ部品の切削加工に従事していたが、昭和三九年一月に独立し、猪坂鉄工所に専属する下請業者として同様の仕事をするようになつたものであることが認められるところ、原告はその事業に必要なものとして同年中に別表一、二記載の測定器具および消耗工具を購入し、同表記載のとおりの費用を支出したと供述するが、この品目および数額に関する証拠としては、原告自身が本訴提起後に作成したという諸経費明細書(証拠省略)が存在するのみであり、それも(証拠省略)の記載(猪坂鉄工所の社長猪坂深見の供述)から窺われる同業者の平均的な費用額に照らすと、幾分過大な数額のように見えないではないけれども、原告にとつては独立初年度であり、既存の業者が手持の器具工具類のうち破損ないし消耗した分を逐次補充するだけなのとちがつて事業の開始にあたり全面的にこれを新調しなければならない事情にあつたことからすれば、原告が別表一、二記載の費用を支出したこと自体は一応これを認めざるをえないものと考えられる。

しかしながら、昭和三九年当時効力を有した旧所得税法施行細則四条によると、事業の開始または拡張のために新たに所得の基因となりまたは事業の用に供された固定資産(工具器具はここにいう固定資産にあたる。旧所得税施行規則一〇条)で、その耐用年数が一年以上であるものは、減価償却の対象とされているところ、以下に述べるように別表一、二の器具工具の大部分はこれに該当すると認められるので、原告がこれらを購入するために支出した費用の全部を必要経費に算入するわけにはいかない。(右施行細則はその後改正され、現行の所得税法施行令一三八条は原告主張のような内容の規定となつているが、新法の遡及を認める経過規定は存しないから、右施行令を遡及適用することはできない。原告の主張は独自の見解であつて、採用しえない)。

すなわち、別表一、二の器具工具は原告が事業開始のためにこれを揃え、事業の用に供したものであることは前認定のとおりであり、(証拠省略)によれば、別表一の測定器具は固定資産の耐用年数等に関する省令(昭和二六年大蔵省令五〇号)による分類では「測定工具」に属し、また別表二の消耗工具のうち8、10、11、14、22は「切削工具」に、同じく1ないし7、9、13、15、16、18、20は「取付工具」または「その他の工具」に属するものと認められ、同令による耐用年数は「測定工具」が五年、「切削工具」が二年、「取付工具」と「その他の工具」が三年である。そこでこれらをすべて年のはじめに取得したものと仮定して、定額法により一年分の償却費を計算すると、測定工具については金一六、九五六円、切削工具については金五三、〇六〇円、取付工員およびその他の工具については金一七、九七六円となり、これに別表二のうち減価償却資産とはみられない消耗品的なもの(同表12、17、19、21)の取得価額五五、四〇〇円を加えて、合計金一四三、三九二円が別表一、二の測定器具消耗工具に関して必要経費に算入できる額ということになる。

(二)  その余の経費

前示(証拠省略)には、消耗品費、交通費、修繕費、燃料費、交際費、火災保険料、諸雑費につき原告主張の金額の記載があるが、このうち交際費を除く六費目計金一〇〇、一四一円については、費目金額ともにこの種の業態の者としておおむね妥当と認められるので、必要経費に計上すべきである。

しかし交際費一二〇、〇〇〇円については、その内容も算出根拠も不明であり、原告の事業遂行上収入金額の一割をこえる多額の交際費が必要であることを裏付けるような証拠はないから、これを経費として認めることはできない。

家賃・機械賃借料一二〇、〇〇〇円については、当事者間に争いがない。

3  そうすると、収入金額一、一二九、五六三円から必要経費の合計額三六三、五三三円を差引いた残額七六六、〇三〇円が原告の昭和三九年における事業所得の金額であり、これは本件更正額を上回る。

三  更正手続の違法の主張について

1  (証拠省略)によれば、原告は大阪市住吉区内の零細商工業者が組織する住吉商工会の会員であるところ、当時各地の商工会は所轄税務署との間において集団申告の是非、税務職員の国税調査の方法の当否、商工会員の税務妨害の有無等の問題をめぐつて対立関係にあり、被告らと住吉商工会との間も同様の状態にあつて、住吉商工会員に対する更正処分の数が逐次増加していたことが認められるが、調査の結果が申告と異なると認められれば更正を行なうべきことは税務署長の当然の職責であり、右に認定した事実があるからといつて、商工会の組織破壊を目的として会員を差別的に取扱つたものだとはいえないし、他にそのような事実を認めるべき証拠はない。

2  つぎに、(証拠省略)によると、被告署長の部下の職員が税務調査のため原告をたずねたとき、原告が名前を呼びまちがえられたこととに反撥し、調査を断つたため、被告署長は猪坂鉄工所につき調査を行なつたうえ、本件処分をするに至つたものであることが認められ、被告署長の調査を違法とする理由は見当らない。

3  また、原告は白色申告者である(このことは弁論の全趣旨から明らかである)から、原告に対する更正通知書に更正の理由を付記することは法律上要求されていないし、理由を示さなかつたからといつて本件処分が恣意的に行なわれたものだとはいえない。

4  よつて本件更正手続に違法があるとする原告の主張はいずれも採用することができない。

四  裁決の違法の主張について

1  (証拠省略)によれば、原告は被告局長に対し行政不服審査法三三条二項により、処分の理由となつた事実を証する書類等の閲覧を請求したところ、同被告は昭和三九年分所得税の更正・加算税賦課決定決議書と異議申立決定決議書の閲覧を許可したが、その他の書類については、第三者の利益を害するおそれがある事項または税務執行上の機密にわたる事項の記載があるとの理由で閲覧を拒否したことが認められるところ、(証拠省略)によれば、閲覧を拒否した書類は原処分庁の所得調査書で、その内容は主として猪坂鉄工所で行なつた反面調査の結果を記載したものであり、猪坂鉄工所の社長猪坂深見はこれを原告に示すことに強い難色を示していたことが認められ、右事情のもとにおいては、被告局長が所得調査書の閲覧を拒んだことには正当な理由があつたということができ、閲覧拒否に違法はない。

2  (証拠省略)によると、被告局長の本件裁決は、必要経費につき同業種の一般的比率を採用して計算した旨説示しているが、前掲(証拠省略)の記載に照らすと、右裁決理由にいわゆる同業種の一般的比率というのは、猪坂深見が大阪国税局職員の質問に答えてこの種の業者にとつて一般的に必要と思われる経費として挙げた測定器具費、消耗工具費、消耗品費の平均的な金額ないし比率のことを指しているものと推認されないことはなく、そうだとすると、被告署長の本訴における主張はこれに依拠したものであるから、裁決理由と本訴の主張との間に何のそごもないことになり、原告の主張はその前提を欠くわけである。のみならず、およそ課税処分取消訴訟において処分庁の課税標準の計算に関する主張は処分または裁決における計算と全く同一でなければならないものではなく、その計算の根拠資料は処分ないし裁決当時判明していたものであると事後に収集したものであるとを問わず、時機におくれないかぎり随時これを提出できるのであつて、かりに裁決の理由と本訴の主張とがちがつていたとしても、その一事で裁決が根拠なく恣意的になされたものとはいえないし、他にそのような事実を認めさせる証拠はない。

五  よつて原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 下出義明 藤井正雄 石井彦寿)

別紙一、二(省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例